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東京高等裁判所 昭和60年(ネ)92号 判決

控訴人 新潟信用金庫

右代表者代表理事 金井弥寿郎

右訴訟代理人弁護士 小出良政

被控訴人 家井常雄

右訴訟代理人弁護士 藤巻元雄

兒玉武雄

山田寿

主文

原判決中控訴人に対し、金二九〇〇万円の支払を命じた部分を取り消す。

右取消しにかかる被控訴人の予備的請求を棄却する。

控訴人のその余の控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

理由

一  予備的請求原因事実中、被控訴人が控訴人に対し、昭和五一年七月三〇日、金二九〇二万七一一五円を普通預金として預けたことは当事者間に争いがない。しかし、被控訴人が、右金額を超える金員を預金したことを認めるに足りる証拠はない。かえつて、原判決掲記(原判決書五枚目表一行目から同一二行目)の各証拠によれば、原判決(原判決書一三枚目裏二行目から同一三行目)説示のとおり、被控訴人主張の消費貸借に際し、貸付金から、その利息九六万八八三五円及び印紙代合計四〇五〇円が差し引かれ、被控訴人に交付されたのは、金二九〇二万七一一五円であつたことが認められるから、被控訴人の右金額を超える預金払戻請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

二  そこで、控訴人の弁済の抗弁について判断する。

1  控訴人が右預金をするにいたつた経緯についての当裁判所の認定判断は、原判決書五枚目表一行目から同一三枚目裏末行までと同じであるから、ここにこれを引用する。

2  ≪証拠≫のうち被控訴人名下の印影は、≪証拠≫により被控訴人の印章によつて顕出されたものであると認められるから、反証のない限り右印影は被控訴人の意思に基づいて顕出されたものと事実上推定するのが相当であるところ、≪証拠≫によれば、被控訴人の右印章は、昭和五一年七月三〇日午前九時ころから翌三一日午後零時四〇分ころまで和光土地に預けられていたことが認められるけれども、後記のとおり右印影が顕出されたのはそれ以後であるからこれによつては右推定を動かすことはできず、他に反証たりうる証拠はないので、経験則に照らし、右印影部分が被控訴人の意思に基づいて成立したものと推定することができ、更に、民訴法三二六条の規定により右文書全体が真正に成立したものと推定すべきである。≪証拠≫を総合すれば、次の事実を認めることができ、これに反する原審における被控訴人の供述は右各証拠と対比して到底措信することができない。

(一)  石田は、昭和五一年七月三一日午前九時半ころ、前示のように本件預金中金二七〇〇万円については被控訴人が和光土地に貸付けることを承諾しており、また、同日が土曜日であつて午前中に和光土地の当座預金口座に右金員を振り込んでおかないと手形の決済に間に合わなくなるため、同人において被控訴人名義の金二七〇〇万円の普通預金払戻請求書(乙第四号証)を作成し、被控訴人名下に押印のないまま、右同様同人において作成した和光土地名義の金二七〇〇万円の当座勘定入金票(乙第一七号証)とともに控訴人の係員に交付して、右払戻し及び入金手続きを取るように命じた。その結果、控訴人の帳簿書類上、同日午後零時ころまでには、和光土地の当座預金口座への金二七〇〇万円の入金、続いて被控訴人預金口座から同額の払戻しがなされた。

(二)  ところが、和光土地の手形の決済のためにはまだ金二〇〇万円が不足することになつたため、石田は、同日の昼過ぎころ、更に二〇〇万円を払い戻しこれを右資金に充てることにつき電話により被控訴人の同意を得た旨の齋藤の言に応じて、被控訴人の押印のないまま、金子に命じて右二〇〇万円の普通預金払戻請求書(乙第三号証)を、他の職員をして和光土地名義の金二〇〇万円の当座勘定入金票(乙第一八号証)をそれぞれ作成させ、同日午後二時半ころまでには、右金員について前同様の入金、払戻し手続きを取つた。

(三)  被控訴人は、同日午後三時ころ、控訴人大形支店において何等異議をさしはさむことなく右二通の普通預金払戻請求書の被控訴人名下に被控訴人の印章(いわゆる実印であり、かつ控訴人に差し入れた普通預金印鑑票(乙第三〇号証)に押印したもの)を用いて押印した。

3  以上認定の事実によれば、控訴人は、昭和五一年七月三一日、被控訴人に対し本件普通預金債務中金二九〇〇万円を弁済したことになる。なお、原判決書一八枚目裏八行目から同二一枚目裏一〇行目に説示のように、右被控訴人預金口座からの払戻しの実行は控訴人の預金事務取扱規程に定められた手続きから大幅に外れ、慎重さを欠くものではあるが、右に認定したとおり被控訴人の意思に従い当初の予定のとおり和光土地のもとに本件金員が交付されているのであるから、石田らが控訴人内部において何らかの処分を受けるのはかくべつ、右弁済の効果には何等影響がないというべきである。

三  そうすると、被控訴人の予備的請求は、控訴人に対し金二万七一一五円の支払を求める限度で理由があるから、これを認容すべきであるが、その余は失当として棄却を免れない。

四  したがつて、原判決中右認容の限度を超え控訴人に対し金二九〇〇万円の支払を命じた部分は不当として取消しを免れず、控訴人の本件控訴は右の取消しを求める限度で理由があるが、その余の部分は理由がない。

五  よつて、原判決中控訴人に対し右の限度を超えて支払を命じた部分を取り消し、これが取消しにかかる被控訴人の予備的請求並びに控訴人のその余の控訴を棄却

(裁判長裁判官 舘忠彦 裁判官 新村正人 赤塚信雄)

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